Art Avenue   友永詔三の造形 

            友永詔三 インタヴュー アトリエを訪ねて
技あり 木と対話「自然の美」を形に

読売新聞全国版 時田英之記者 平成9年2月9日

 生まれ育った古里で、日の暮れるまで遊び回った経験は、だれしも忘れられないものだろう。木彫家の友永詔三(52)の場合も、例外ではない。
 故郷は高知県窪川町。実家から田んぼをはさんで百メートルほど離れたところに、清流・四万十川があった。
「夏は川で泳ぎ、冬は裏山を駆け回ったものです。雑木を削ってバットなんかも作りました。木を彫ることも、当時の遊びの延長線上にあるんじゃないかな」
 脳裏には、故郷の風景が焼きついて離れない。陽光を浴びて輝く水面に、色鮮やかな緑。作品には「そんな自然の美を自分なりのイメージで形にしたい」という願いを込めているという。
 東京都あきる野市に構えたアトリエには、ずらりと少女像が並ぶ。スラリと伸びた裸身は、八頭身どころではない。十二頭身といったところだろうか。ほのかに漂うエロチシズム。しかし、丸く豊かなほほには、少女らしい無垢な輝きがある。
 説明されてみれば「なるほど」と思う。もともとは人形作家として活動を始め、独特の作風で知られる異色の木彫家。その創作の秘密を垣間見たような気がした。
 この世界に入ったのは偶然だった。東京で舞台制作の会社に勤めていた二十三歳の時、オーストラリアの人形劇団がキャラクターデザインを公募していることを知った。そこで何気なく応募したデザイン画が、五百点の中から選ばれた。
 劇団側では「見込みがありそうだから、こっちへ来て人形作りを勉強してみないか」と言う。「本当は舞台美術をやりたかった。でも、若かったから軽い気持ちで誘いに乗ったんです」
 オーストラリア・シドニーの劇団に身を寄せ、木を掘り始めてみると、これが意外に楽しい。一年半後に帰国してからも、人形劇のための作品を作り続け、一九七九年から放送が始まったNHKの連続人形劇「プリンプリン物語」では、人形制作を担当して注目を浴びた。
 しかし、活動の中心は次第に彫刻に移る。「故郷の原風景のイメージを、自由に表現してみたいと思うようになったんです」
 オーストラリアでは「枠を飛び出すことが大事」と教えられた。そんなこともあってか、ジャンルや肩書を意識したこともない。ひたすら、自分の心のおもむくままに作品を仕上げることに専念してきた。
 木がね、『こういう形にして欲しい』と語り出す瞬間がある。無理に自分でねじ伏せようとすると駄目ですね」
 現在のアトリエは、十三年前に古い農家を買い取って住宅兼用に改装したもの。ヒノキの風呂を自作するなど、大工仕事はほとんど自分でこなした。
「結局、木と付き合うのが好きなんですかね」。実は、数年前から「気になることがあって」改装作業を再開している。大工仕事の合間にノミを振るう。そんな暮らしが、この人にはとても似つかわしいように思えた。

(本稿は読売新聞社の許諾を得て掲載しています)
    このページの上へ